一矢報い得た幸せ 無精子症+卵子提供年齢

体外受精の治療をスタートする際、奥さまから「精子の質が悪い場合、どうしたらいいでしょうか」と聞かれることが多くあります。それに対し私は「技術で克服することができるので安心してください」と答えていますが、もしそれでも不安なようなら、私はこう言うでしょう。「精子があれば大丈夫です。一番心配なのは無精子症ですから」と。無精子症よりも更に厄介な状況は、本当にないのでしょうか。

2018-05-14

一矢報い得た幸せ 無精子症+卵子提供年齢

体外受精の治療をスタートする際、奥さまから「精子の質が悪い場合、どうしたらいいでしょうか」と聞かれることが多くあります。それに対し私は「技術で克服することができるので安心してください」と答えていますが、もしそれでも不安なようなら、私はこう言うでしょう。「精子があれば大丈夫です。一番心配なのは無精子症ですから」と。無精子症よりも更に厄介な状況は、本当にないのでしょうか。

AMHが0.4以下で、間もなく44歳になる女性が診察に来られました。治療歴を聞くと、4年前に他院で卵子2個を凍結保存しており、胚盤胞凍結ではなく卵子凍結を行ったのは、顕微鏡下精巣内精子採取術(MicroTESE)でも精子が見つけることができなかったためで、またこれまで3度の排卵誘発を試みるも、移植や胚盤胞凍結には至らなかった(良好胚が得られなかった)ことが分かりました。これまでの治療歴について進んで話をしたがらない彼女が、まだ諦めていないことを知っていた私は、10年前の医療記録を調べることにしました。すると当時、結婚2年が経過しており、非閉塞性無精子症のために受診していたことが分かったのです。
すでに卵子提供を受ける年齢(43歳)で、その上卵子の在庫量(AMH)も底が見えており、更には精子を使うこともできないというこのような状況で、治療に踏み切るべきなのでしょうか。
他に選択肢がないなら、どのようにすれば打ち勝つことができるのでしょうか。

あらゆる医院・クリニックで治療を重ねていた患者さまは、時期を逃したことを非常に後悔されていました。
もし34歳のときに勇気を出して精子提供を受けていたら、子どもはすでに小学3年生です。
当時、ご夫婦がどのような考えを持っていたのかは知る由もありませんが最も重要なのは今、どのようにすれば一矢報い、幸せを手にいられるかということです。

 

 

季刊誌 iVie(愛沐生活)27期の表紙の物語の主人公は彼女の背中を押すことができるでしょうか。

主人公は、千葉県出身のKさん。前述の彼女と同年代で、同様にご主人が無精子症で、出産と子育ての適齢期を逃してしまっていたのです。
43歳を過ぎてから1年間に9回の渡台、計7回採卵手術を受け、12個の成熟卵子から3つの良好胚を得ることができました。そして2つを移植し、女の子を一人出産されたのです。当院では残りの胚盤胞一つを保存しています。

Kさんはどのように成功されたのでしょうか?一番の理由は運が良かったから、なのかもしれません。
もう後戻りができない彼女は、毎回チャンスを逃さず、卵巣に低刺激を与える方法で毎月0~3個の成熟卵子を凍結保存(卵子収集法:採卵後に凍結保存、一定数を収集後一度に融解・受精させる方法)しました。採卵の過程では、一つも採卵できなく(空胞)渡航が無駄になってしまったことや、移植当日には黄体ホルモン服用時間の間違いに気づき、貴重な胚盤胞(尊い命)を無駄にしないために移植をキャンセル、胚を再凍結することなど、満足のいく結果とならなくても彼女はそれを受け止め、「最善を尽くす」ための再渡航も厭わなかったのです。

ある人はこう言います。
運は勇気とともにあり、従来の常識を打ち破った際や、最後まで頑張り続けたときに現れるものだ。

私たちは、勇気と最後まで頑張る力を与えるのではなく、他の方々の成功例をもって励ますことしかできないのです。予想外の(枠を超えた)場面は、私たちの得意分野でもあります。長年に渡り卵子・精子バンクを運用し、最後の砦として様々な方の困難な治療を行ってきた結果、私たちが発展させた「患者様に合わせた体外受精治療(PP-IVF)」は更に欠かせないものになっています。

Kさんはこの年齢にもかかわらず、なぜ「胚盤胞収集法(採卵後に受精、胚盤胞まで培養してから凍結保存する方法)」とPGT-A/PGS(着床前スクリーニング)、ERA(子宮内膜着床能検査)を併せた治療を行わないのかという疑問を持つ方もいらっしゃるでしょう。
理由はとても簡単です。精子バンクで提供を受けた精子が、7回の受精を行うには数が足りなかったため「卵子収集法(採卵後に凍結保存し一定数を収集後、一度に融解・受精させる方法)」を採用するしかなかったからです。一般的に「卵子収集法」は、特殊な設備と技術があってこそ、卵子融解時の生存率・受精率・胚盤胞になる確率が新鮮卵子と同等になるため、より困難な方法と考えられます。
またPTG-A/PGS検査を行わなかった理由は、Kさんが費用について考慮されたからであり、ERAを行わなかった理由は、当時はまだこの検査が存在しなかったからです。

あらゆる医院・クリニックで治療を重ねていた上述の患者さまは「自然周期」(排卵誘発剤など薬剤投与無し)でその周期の最も優れた卵子を採卵し凍結保存後、正常胚を選定し(PGT-A/PGS(着床前スクリーニング)、正確なタイミングでの移植(ERA(子宮内膜着床能検査)を行いました。当院の治療プラン、IVF3.0+(PGT-A/PGS+ERA)が彼女に奇跡をもたらしたのです。

幸せは選ぶことができるものなのでしょうか。
できない時もありますが、多くの場面で選ぶことができます。恋愛中はパートナーが無精子症であるかどうかを事前に知ることができず、もし知ったとしても愛の宿命から逃れることは難しいでしょう。
しかし結婚後に子どもを持つか持たないか、いつ産むのか、どんな方法で、そしてどこで産むのか、精子バンクを利用するのかどうかは選ぶことができます。
最も困難な状況とは選択が遅すぎること、そして歩む道を間違えることなのです。

 

コメント:

1・千葉県出身のKさんが行った、当院での採卵結果:                                                                     

採卵 1回目 2回目 3回目 4回目 5回目 6回目 7回目 合計
成熟卵子 3 1 3 0 2 2 1

12

2.成熟卵子12個の融解・受精結果

融解 正常受精卵 良好胚 移植 結果 余剰胚
12 5個 3個 2個 女の子 1個
  1. ヨーロッパ生殖医学季刊誌(Human Reproduction)によると、20万名以上対象にした研究で、43歳女性が子供を出産するのに必要な卵子数は120個だと示されています。当院ではたった12個の成熟卵子から3個の良好胚を得ることができ、一度の移植で女児を出産されました。残り1つの胚盤胞で第2子を迎えることができるかもしれません。
  2. 無精子症に悩むご夫妻は、初めは精子提供を受けることに抵抗を感じられます。そのため顕微鏡下精巣上体精子吸引術(MESA)、精巣内精子採取術(TESE)に救いを求めますが、大きく遠回りし振りしに戻った時、奥様がすでに卵子提供を受ける年齢(43歳)になってしまったら、立ち向かう問題は無精子症だけではなくなります。上述のあらゆる医院・クリニックで治療を重ねていた患者さまも、万一不運に見舞われたら、養子を迎える道しか残らないでしょう。無精子症に悩む方が精子を得ることができるかどうかは、FSH/LH/PRL/Testoの簡単な採血検査で調べることができます。もし非閉塞性無精子症であるなら、奥様の出産と子育ての適齢期を逃さないよう、早めに精子提供を受け入れるべきだと考えています。
  3. 困難な状況であっても、常に感動と幸せに導いてくれる優秀なチームに感謝します。

*実際の治療は医師の診断のもと行っていきます。
本文は編集当時の治療状況、及びご提案です。