卵子凍結という「生育列車」、最後の2個の凍結卵子がもたらした幸せ

このような結末に至ったことに、私は深く恥じ入る思いでした。そして彼女が私に教えてくれた貴重な一言に、心から感謝しています。 「専門家だからといって、必ずしも正しいとは限らない。むしろ専門家こそが、誰よりも心を開く姿勢を持つべきなのだ。 『NO, I CAN'T(無理です)』を軽々しく口にしてはいけない」と。 これは私にとって、今年最大の学びでした。そして、あのとき彼女のお願いを頑なに拒まなかったことを、本当に幸いに思っています。

2010-01-09

卵子凍結という「生育列車」、最後の2個の凍結卵子がもたらした幸せ

あの夜、画面に映し出された奇跡の数字「373」を見た瞬間、私は一晩中興奮が冷めませんでした。脳裏には、彼女がかつて話していた言葉が次々に浮かびます。
「私の卵巣機能はもう衰えてきているのです。今卵子凍結しなかったら、もうチャンスはないかもしれません」・・・
「もし先生の協力を得ることができないなら、アメリカで体外受精を受けるつもりです」
現在の結果を目の当たりにして、私はただただ恥ずかしい気持ちでいっぱいになると同時に、彼女の“あの時の決意”が正しかったことが証明された瞬間でもありました。何と言っていいか分からず、ただこう言うしかありませんでした――Thanks God!

これまで私が見てきた卵子凍結のストーリーは、どれも似たようなものでした。
「採卵当日、副睾丸や睾丸から精子を見つけることができず、やむを得ず卵子を凍結保存して、精子提供の治療へ進む」あるいは「癌を患い、化学療法の前に凍結する」などです。

彼女は、決して私が初めて担当した卵子凍結の患者さまではありませんでしたが、“生殖の保険”という概念を持って、自ら強く希望して卵子凍結を申し出た、最初の患者さまでした。

半年前に彼女のストーリーを紹介した際に最も印象に残ったのは、月曜の朝に仕事を休み、焦りと緊張を抱えながらクリニックに駆け込んできた彼女の姿です。
そのときの「卵子を凍結したい」という決意は、想像を超えるほど強く、「絶対に引かない」と言っても過言ではありません。
彼女は言っていました――「たとえ1%の可能性でも、挑戦したい」と。未婚という状況で積極的に妊娠をサポートすることはできず、恋愛面でもまだ不確定要素が多い中で、当時の選択は傍から見れば「おかしな決断」に思えたかもしれません。
それでも、彼女はあの時、自分の未来のためにしっかりと決断を下したのです。

重度の子宮内膜症に悩まされていた彼女は、毎回の月経前に血便の症状があり、内膜の細胞が直腸にまで侵入している可能性があると考えられました。当時、卵巣機能を示す指標であるAMHはわずか0.77、FSHは22.1にも達しており、これは彼女が台北で検査した結果ともほぼ同じ数値でした。私は彼女に対し「確かに卵子凍結の技術は非常に成熟しているものの、この数値では十分な数の卵子を採取するのは難しいでしょう。毎回1~2個採れれば上出来です」と説明しました。ところが、彼女は驚くことにこう言ったのです。「大丈夫です!最高4回まで治療できますから……」

最初の排卵誘発は昨年4月。そのときはたった1つの卵胞しか育たず、生理12日目にその唯一の卵子を採卵しました。翌月に再び刺激を行い、生理17日目にはようやく2つの卵胞が確認されましたが、実際に採卵できたのは1つのみでした。もう1つは「空胞」だったと推測されます。こうして彼女は、貴重な2つの卵子を凍結保存し、その後は一度も当院へ戻ってくることはありませんでした。

5か月後、再び彼女に会ったとき、隣には「運命の人(Mr. Right)」がいました。とても幸せそうな彼女は、再び「赤ちゃんを授かるために」受診されたのです。今回は3回目の採卵に挑み、同時にこれまで凍結していた「2つの卵子」も使いたいという希望でした。私は彼女の体への負担を考え、今回はマイルド刺激法を選び、排卵誘発剤は5日分のみを処方しました。月経11日目には1つの大きな卵胞が確認できましたが、恐らくまた「空胞」だったのでしょう、残念ながら採卵することはできませんでした。

 

 

もはや後がない状況の中で、「2個の凍結卵子」が彼女にとって最後の「希望」となりました。39歳の彼女には果たしてどれほどの可能性があるのでしょうか。彼女の幸せそうな、満ち足りた笑顔を見つめながら、私は心の中で最悪のシナリオを考えていました。そして彼女には、どんな結果になっても平常心で受け止められるよう、しっかり伝えました。うまく受精しないかもしれない、分裂が進まないかもしれない……。たとえ新鮮な卵子であっても、培養して3日目に使える胚は1つあれば良い方で、最悪の場合、移植可能な胚がひとつも得られないこともあるのです。

彼女にとって人生最後の2個の卵子、それは他の誰かにとっては何の意味もないかもしれません。しかし彼女の人生の幸福がその2個の卵子にかかっているのです。母になるという夢が叶うかどうか、長年苦しんだ子宮内膜症から解放されるかどうか、「卵巣機能不全」への恐れから解き放たれるかどうか、そしてこの治療が完璧な終止符となるかどうか……。あまりに多くの不確定要素がある今、祈るような気持ちで、ただただ天に願うしかありません。

数日前、あの「幸せの証」である「赤ちゃんの心拍音」を耳にしたとき、私は心からの感謝と祝福の気持ちで彼女におめでとうを伝えました。女性としての人生最大の夢が、とうとう彼女のもとに訪れたのです。わずか1年の間に「花嫁」となり、そして「母親」となった彼女。続けて訪れたこの幸運は、すべて39歳のときに下した賢明な決断のおかげでした。「安心」と「希望」を与えてくれた2個の卵子が、彼女に人生のあらゆる困難を乗り越える自信を与えてくれたのです。

そんな彼女の幸運に触れて、私はふと懐かしい“仲間”たちの顔を思い出しました。芸能人の董至成さんの奥様、プロ野球・張泰山選手の奥様、最高齢で自己卵子による体外受精に挑んだ女性、国内初の着床前スクリーニング検査(PGT-A/PGS)で妊娠に成功した方……。皆、初めての挑戦で見事に「卒業証書」を手にした人たちばかりです。以前から不思議に思っていました。なぜ遠方から、あるいは海外から来られる方々の中には、一度で成功する「幸運な人」が多いのだろうと。私自身、スタッフに特に目をかけるよう特別な指示を出したこともありません。なのに、なぜ―?もしかしたら、それは「天の采配」なのかもしれません。神様は、本当に必要なタイミングでそっと手を差し伸べてくれているのではないかと。

そして今日、その答えがようやく見つかりました。
それは「ワレンダ要因」。(「成功するために歩くのではなく、落ちないことばかりを考えて歩いてしまうと、かえって失敗してしまう」という、ワレンダの考え方や生き様を表した言葉)。
人生という綱渡りのような道のりを、恐れず、信じて進んでいくその心。それが、長年にわたり子どもを望み続ける人たちを支えてきたのでしょう。「ワレンダ要因」が、今もお子様を望む方たちの歴史を紡ぎ続けています。

脅威から逃れる最善の方法(Escape from the threats)は、自分を傷つけないよう守ること(Protect me from the pain)。この言葉を象徴する2点の超写実作品は、いずれもインドネシアの卓越したアーティスト、F.X.ハルソノによるものです。本文を語るうえで、これ以上ふさわしい作品はないと思います。物語の結末がここまで展開するとは、当初の私は思いもしませんでした。そして今、深い反省とともに、彼女に心から感謝しています。
「専門家が必ずしも正しいとは限らない。だからこそ、誰よりも『心を開く姿勢(Open mind)』が必要なのだ」と彼女は私に教えてくれました。

「No, I can't.(できません)」と安易に言ってはいけない。
これは、私が今年得た最大の学びであり、あのとき彼女の願いを頭ごなしに拒まなかったことを、心からよかったと思っています。

 

コメント:

  1. 今振り返ると、もし半年前に彼女の希望を受け入れていなければ、彼女は今頃「卵子提供」に頼るしか道はありませんでした。台湾では法規制のため、未婚の方は人工授精や体外受精を受けることができません。しかし、今日からは新たな選択肢「卵子凍結」があります。この方はおそらく台湾で初めて、ガラス化凍結技術による卵子凍結で妊娠に成功したケースでしょう。
     
  2. 人生の多くの重要なことにはリスクヘッジが必要です。皆さんがよく知る「生命保険」「傷害保険」「がん保険」「重大疾病保険」「障害保険」など、さまざまな保険がありますが、今日から「生殖保険」は、女性の“幸せの保険”となっています。女優のショウ・チー(舒淇)さんが既にこの考えを持ち、公表していることはとても嬉しいことであり、この考えは間もなく広く浸透していくと信じています。
     
  3. 凍結・受精・培養と移植の結果
11/20 11/21 11/22 11/23 12/7 12/10 12/30
融解 受精卵 胚盤胞 良好胚を移植 妊娠判定bHCG bHCG 心拍確認
卵子2個 2個 2個の4分割胚 2個の8分割胚 373 1762 一人

 

彼女は2009年の中頃に結婚され、同年11月に大事な2つの卵子を融解しました。幸運なことに2つとも融解後も生存し無事に受精。3日目の8細胞期の良好胚を2つ移植し、2010年8月に健康な女児を無事出産されました。本当におめでとうございます。(現在当院では初期胚移植ではなく、胚盤胞移植を行っています)

「ワレンダ要因」とは、あることに集中し、その意味や結果を気にせず、損得にとらわれない心のあり方を指します。成功や失敗の心配がなくなると、人は自然に気楽になれます。なぜなら、失敗を恐れること自体が、すでに一つの失敗だからです。

「明日、私はママになりたい」シリーズでは、何らかの理由で今すぐには「ママになれない」方々が、「卵子凍結」によって将来の妊娠の可能性を保ち、「未来のママ(Future mother)」になるまでの物語を紹介しています。

*実際の治療は医師の診断のもと行っていきます。
本文は編集当時の治療状況、及びご提案です。