IVF 3.0+のその後(1)

インターネット上などではよくPGS検査やERA検査は妊娠率向上につながるか?という議論がなされますが、これらの議論には大きな認識相違があるといえます。

2022-12-09

IVF 3.0+のその後(1)

    うまくいかなかったら、費用がかさむ。再挑戦はさらに・・・。                     
    移植後は14日間の妊娠判定を待つ間に、何かできることはないのでしょうか。

 

「亡くなってしまった人を蘇らせる」ことはできなくとも、「瀕死状態から救い出す」ことは可能ではないでしょうか。
救命医療の完璧な流れでは、急患はまず救急科に運び込まれ、一命を取り留める。その後は集中治療室(ICU)にて治療を受け、病状が安定したのちに一般病棟に移っていくことでしょう。
体外受精が行われるようになってから40数年、やっとの思いで子宮内に移植された胚盤胞は、「見ず知らずの環境」である母体の中で、「免疫による攻撃」を受けてしまうことがあります。カギとなるのは「14日間」をどう切り抜けるか?もし攻撃されてしまったら「どう救い出すか?」です。
 

世界で初となる体外受精の赤ちゃんが生まれた1978年以後、体外受精の世界は進化を続けています。1960年から尿を原料として製造されていた排卵誘発剤も遺伝子技術による「第三代の排卵誘発剤」が誕生し、2010年には、一度の注射で効果が6~7日間持続するElonvaが誕生。注射に対し苦手意識の強い方の救世主となりました。「排卵誘発」の治療過程は長期、短期、四少(採血・注射・再診・超音波を少なく)という進化をたどり、ついには超音波による検査を行わずとも採卵に適した日が推定できるまでに進歩しました。培養室では1990年代には2~3日であった培養期間を5~7日かけて胚盤胞までの培養を行うようになり、新鮮胚の移植から凍結胚の移植へと移行しました。また着床前スクリーニング検査(PGT-A/PGS)と遺伝子検査(PGD)などを組み合わせることで、「正確な胚盤胞選び」と「正確な移植」が行えるようになりました。しかし妊娠判定日だけは、依然として「14日目」でした。

はっきり言うと「14日間」は長すぎます。期待と不安が入り混じる毎日を過ごしたあとに、残念な結果となることもあります。結果には「失敗か成功」しかありません。どんなに努力を行なっても結果が変わらない、博打ともいえるようなこの状況を覆すことは難しく、正確な体外受精である「IVF3.0+」を行ってもなお、100名中20名はうまくいかなかったり、「浅い着床」となってしまうのでした。

「浅い着床」とは、妊娠検査薬にはうっすらと2本の線があらわれるが、血中の妊娠指数(HCG)が0.1より少し高い程度であることが多く「化学妊娠」とも呼ばれます。
「正しい時間」に「良好な胚盤胞」を移植したにもかかわらず、なぜうまくいかないのでしょうか。
ERA検査を行い「着床の窓」も調べ、PGS検査を行い「染色体の異常がない」ことも確認しました(例:ダウン症など)。これらはいずれも確立され、信頼に値する医療技術です。そうなると、他に原因があると考えられます。
原因を探し出す!攻撃を受けるタイミングはいつ?

移植から1週間、2週間と胎児心拍が確認できる前に攻撃を受けやすいとされ、前者は浅い着床、後者は枯死卵と呼ばれ、枯死卵は超音波で胎嚢が確認できるものの心拍確認ができないという状態です。これらの原因を探るべく、攻撃を受けやすいとされる3つのタイミングで「3回の採血確認」を行い、ハイレベル免疫指標を収集し原因を特定します。
これにより、もし理想的な結果とならなった場合でも「価値のある」データを収集することが可能になり、次回移植を行う前に、同じ原因で失敗してしまうことがないよう、事前に対策することも可能となります。でも本当にそれだけで上手くいくでしょうか?もしまた雲行きが怪しくなったらどうするべきでしょうか?
当院では妊娠判定日の定義を改め、一週間早めることにしました。そしてICUの概念を用い、「生殖医療ICU」を生み出しました。同時にビッグデータを用いて、異なるタイミングで現れる免疫攻撃を行う原因を特定しました。もっともよく見られるのは、「白血球、腫瘍壊死因子、血栓、NK細胞、B細胞」の5つです。これら異なる原因には異なる方法で立ち向かい、胚盤胞を守らなくてはなりません。これが「着床期救命理論(IBR:Implanted-Blastocyst Rescue)の真髄でもあります。

よりわかりやすくするために、例をあげて説明します。
三回目の移植に挑んだ彼女はERA検査も行い、正確な時間に移植を行いました。7日目の妊娠検査を行わないままだったら、14日目では原因不明の「化学妊娠」となり、その原因も判明しなかったでしょう。通常の対応パターンは以下の通りです。
 
仮説1:一般的な方法

前回2回の移植がうまくいかなかった原因が分らず、今回は1週間早めに妊娠判定を行いました。7日目の妊娠数値は理想的だったものの、翌週の正式な妊娠判定の結果は「悲しい結果」となりました。なぜなら、7日目の判定の後も「うまくいく」と思い込み、「何もサポートを行わない」まま1週間を過ごしてしまったからです。

仮説2:新しい方法

さらに定めた新しい方で法は、妊娠判定を一週間早めるだけでなく「生殖ICU」の概念を用い、2日ごとに妊娠数値のフォローを行うことにしました。9日目に上昇がみられなくなり、11日目に再チェックを行ったところ、数値は低下していました。果たして救えるのでしょうか。

実際の状況1:新しい方法2

妊娠指数がさらに下がっていることがわかり、流産しかけているともいえる状況でした。果たして、救い出すことができるのでしょうか。


実際の状況2:着床期救命を実施


彼女はこの胚盤胞を助け出すことを決意し、まず「バイオ薬品」と「抗血栓薬」を投与、翌日から経過を観察しました。すると、数値がゆるやかな上昇を見せたのです。これは、胚盤胞がまだ生きていることを示しますが、本当の挑戦はここからです。三週間後に心拍の確認ができて、ようやく「救い出すことに成功した!」といえるのです。


実際の状況3:生殖医療ICU

20日目を迎えるまで、当院一同、心拍確認ができるのを待ち望み、毎週超音波検査を行いました。胎嚢が確認できたのは、妊娠判定から一週間後のこと。二週間目には、卵黄嚢と胚芽が確認でき、三週目には心拍確認ができたのです。しかしながら、通常160-180回/分が理想とされる心拍数は少し低めの数値を示していました。心拍数が135回/分を下回ると、命の危険があります。この大切な時期に、どのようなサポートをすべきでしょうか?

実際の状況4:再び救命!

ここで免疫グロブリン、IVIGの登場です!このタイミングではIVIGが最も効果が高い薬剤と考えられます。彼女の体重であれば、15本の投与を行うことで効果が望めます。22日目の朝、まず8本を投与しました。翌日、残りの7本の投与前に心拍数の確認を行ったところ、159回/分まで上昇しており、救い出すことに成功したのでした。

実際の状況 5:瀕死からの復活


本ケースから学んだこと?

  1. 正しい時間に正常な胚盤胞を移植したにもかかわらず、成功に至らない場合、免疫反応や血栓が原因であると考えられる。
  2. 移植前にあらかじめ「バイオ薬品」と「抗血栓薬」を使用することで、着床環境が整い、妊娠のサポートにつながる。
  3. 移植前に薬剤を使用しない場合、移植後7日目に妊娠判定を行い、1〜2日ごとに経過観察を行う。もし、bHCGの上昇速度に遅れがみられる場合は、「24〜72時間」以内に瀕死状態から胚盤胞を救い出す必要がある。こうした状況の多くは血栓もしくは腫瘍壊死因子によるものであると考えられる。
  4. 正式な妊娠判定日から3週間後、心拍数が低い場合、IVIGを使用することで効果がみられる。しかし同時に「エストロゲンと黄体ホルモン」値の低下に注意する必要があり、1〜2週間は「大量のエストロゲンと黄体ホルモン」の補充を続けるのが望ましい。 
     

結論

数十年にわたり、私を含めた生殖医療の専門家たちは口をそろえて「人工生殖には100点(成功)か0点(失敗)の2つしかない」と言ってきましたが、「着床期救命理論」が生まれて以来、「IVF3.0+」では「0点(失敗)」とされてしまう状況を覆すことが可能になりました。私たちは妊娠判定日の定義を改めたことで、「100点(成功)」「0点(失敗)」の距離をぐっと近づけることができました。
「助ける」、「助けないか」は専門家であるかどうかは関係ありません。チーム全体が心から「感動を創り出す」ことを意識し、貴重な胚盤胞が子宮内ですくすくと育ち、ママと出会えることを願う。こうした「命」への向き合い方によるものであるでしょう。


コメント

1. IVF3.0+において、「着床期救命理論(IBR:Implanted-Blastocyst Rescue)」はどのような場合に適用されるのでしょうか。

1.1 移植前、バイオ薬品を使用しておらず、移植後7~11日目の妊娠指数(BHCG)の上昇速度が理想的でない場合、速やかに「バイオ薬品」と「抗血栓薬」の投与を行う。

1.2 移植前に「バイオ薬品A」を投与し、移植後7〜11日後の妊娠指数(BHCG)の上昇速度が理想的でない場合、「バイオ薬品B」に変更する。理由:バイオ薬品は製薬会社により20〜30%の人に効果が見られない傾向にあるため。

1.3 移植当日から「抗血栓薬」の投与を始め、7〜11日後のBHCGの上昇速度が理想的でない場合、「ヘパリン注射」へ変更し、血栓の数値を「極めて低い状態」にコントロールする。

1.4 移植後14日目の正式な妊娠判定から21日後の心拍確認において、心拍が135/分もしくはそれを下回り、かつ「NK細胞」が20以上を示す場合、IVIGの緊急投与を行う。ここで気を付けるべきは「エストロゲンと黄体ホルモン」の急激な低下による流産であるため、エストロゲンとプロゲステロンの補充も同時に行う必要がある。

1.5 移植後B細胞が急上昇した場合、直接的な処置は難しい。ステロイドの内服薬を増量し、経過観察を行いながら12週までを目安に服用を続ける。
 

2.一般的な白血球数:移植前6,000~9,000、妊娠中1,000~13,000、もし白血球が急上昇したらどうすべきか?



 

3.  医学研究会の専門家たちの間や、インターネット上で「PGS検査やERA検査によって妊娠率は上昇するのか?」という議論がなされることがあります。議論の動機はわかりませんが、これらはすでに確立された「遺伝子検査」であり、精密な医療計画の一端を担うものです。移植を成功させるためには、これら検査を行わない理由はないでしょう。


4. お伝えしたいこと:
「生殖医療ICU」と「著床期急救」には、以下の「専門家チーム」の形成が不可欠です。

4.1 経験豊富な「生殖免疫専門医」と「免疫生殖専門医」

4.2 経験豊富な「IVF3.0+」ラボチーム

4.3 正確な「ハイレベル免疫機能検査」を行う外部検査機関

4.4 「即時検査」が可能な血液検査室

4.5 本文はコウノトリ生殖医療センターにおける2008年から2022年の「生殖免疫」に関する臨床経験に基づき記載しました。2022年11月27日時点、「着床期救命理論(Implanted-Blastocyst Rescue)」に関する論文は発表されていません。引用の際には引用元を明記くださいますようお願いいたします。
 

 

*実際の治療は医師の診断のもと行っていきます。
本文は編集当時の治療状況、及びご提案です。