高い成功率
子宝を祈る あなたと私の物語
07 / 01 / 2020
子どもを求める道のりは暴風雨のよう 卵子提供をしたらきれいな虹が見えた


43歳の時に結婚をしましたが、籍を入れる前に一度自然妊娠しました(2012年11月)。
結果、胎児の心拍が確認出来ず自然流産(稽留流産)。
その後この歳でも自然で子どもが出来るのだと
希望(自信)をもち子作りするものの・・・
全く恵まれず限界を感じ2013年の夏に地元の不妊治療専門のクリニックへ通い始めました。
そこでタイミング法から開始しましたが思うような結果が出ず体外受精へ移行。

2014年1月に初めて体外受精での移植をし結果「陽性」。
しかし心拍確認後の8週目で流産。

年齢的にも焦りを感じていたので病院を変更。全国でも有名で優秀な不妊治療のクリニックへ、

電車で片道3時間位かけて通い始めました(2014年5月初診)。
仕事と不妊治療を両立していたので早朝に家を出て診察後すぐに電車で戻り仕事に行く日々でした。


その後、2015年4月まで採卵や移植を繰り返ししたものの良い結果が出ず日本での不妊治療を断念。
これまでやって来た不妊治療の結果を考慮しても「自分の卵子」での妊娠には限界を感じ、
仕事や家事との両立がストレスとなり疲れていたのもあり、不妊治療を終えることに内心「ホッ」としていたのが正直な気持ちでした。

しかし、子どもをどうしても授かりたいという主人の強い意思もあり、第三者からの卵子提供を考え主人が情報を検索したところ、
台湾で卵子提供を行っていることを知り、台湾は以前旅行したこともありその時の印象が良かったのも有り決意。


病院選びは、主人が台湾では日本人向けには主に2つの病院が卵子提供をしていることを知り双方へ直接電話をし相談していました。
その際の、対応やメールでの返答の迅速さ、また妊娠率のデータ、説明の一貫性等を熟考した結果、こうのとりの病院を選択し治療を受ける決意しました。(その頃はもう45歳になってます)

2015年4月下旬に同病院を受信し院長から直接詳しい説明を聞いてきました。


治療は凍結胚盤胞の移植で7月に初めての移植に向け薬を飲み始めました。
その間に血液検査でのホルモン値報告、内膜の厚さの報告。それらの結果を踏まえ台湾から移植の実施日が決定され渡航しました。
胚盤胞2つ移植しました。結果は「陰性」。

再度チャレンジすることを決心し9月下旬に移植(胚盤胞2つ) 結果「陽性」(45歳)→ 現在2016年5月末出産予定に至っています(現在は46歳)


台湾以外で卵子提供をしている国はアメリカやタイをはじめ色々有りますが、台湾での治療の信頼性が高いと我々は判断しました。
また予算面でも他国と比較すると比較的経済的なのも選択理由のひとつでした。

台湾人の国民性や外見等からもアジアの中で、とても日本人に近いこともあり、台湾での卵子提供にはそれほど抵抗は有りませんでした。
高齢や何らかの病気が原因で子どもが欲しくても授かれない女性にとっては、唯一残された希望の「光」だと思っています。
日本では子どもが授かれない場合の最終選択として里親サービスが有りますが、やはりその子どもの出所の詳細がはっきりしていない点や、自分達夫婦いずれものDNAが引き継がれていない事に不安と抵抗がありましたし、自分のお腹の中で育てていない子を持つ・・・ということにも抵抗がありました。

それに対し、卵子提供はドナーさんの背景がある程度分かり、自分達の希望のドナーさんを選択でき、自分のお腹の中で赤ちゃんが育つという体験を通して母になれます。
何よりも主人のDNAを引き継いで残せる事への喜びが、他国での卵子提供への抵抗を和らげました。
勿論、言葉の上でのコミュニケーションの不安は有りましたが、コウノトリの院長をはじめスタッフさんの温かく熱心な姿勢にそんな不安は全く無くなり今では本当に温かいサポートに感謝の気持ちしかありません。
間もなく出産を控えお腹の中を日々元気に動く「胎動」が、何よりも母になる幸せ・実感を募らせています。

2015年の4月の初診の際に院長先生にこれまでの日本での不妊治療の辛い経過を報告した際に「心配しなくても大丈夫ですよ。絶対赤ちゃん出来ますから。」と言われた時に涙が止まらなかった事を今でもはっきり憶えています。それまでの長く苦しい治療の末、結果も出せなかった自分に、そんな温かい言葉をかけてもらった事は有りませんでした。そんな中、院長先生が凄く自信を以て言って下さったその「一言」が、その後私に台湾での2度の移植への勇気を与えてことは間違いありません。

 

日本では卵子提供は未だ限られていることは、治療を続け歳を重ねるに連れて自分の無力さを責め悲観的になってしまいます。
世間的にも40代になると「高齢出産」のレッテルを張られ・・・それが諦めやストレスとなるばかりで、非効率的となります。
経済的にも追い込まれ・・・全てがマイナス効果になってしまいます。

もし、そこに「卵子提供」という選択肢が有るならば、もう少し積極的にかつ余裕を以て不妊治療にのぞめるような気がします。

 

私の場合は全力で刺激をしても採取できるた卵子の数は2つが限界で、それも質が決して良く有りませんでした。

よって、受精させても正常に分裂しなかったりすることが多々・・
それに対し台湾のドナーさんは若いので・・採卵した卵子の数は私の様な40代とは話にならない程違います。
よって受精卵の質もとても良いものが沢山でき、冷凍保存が可能になります。
その中からされにグレードの高いものを自分たちで選び移植させてもらえます。
妊娠し出産を控えた現在でも、まだ残り多くの受精卵が冷凍保存されています。(有料で更に延長凍結可能)

よって、いつかまた兄妹が欲しいと思えばいつでもその受精卵を移植し家族を増やすことが出来ます。
我々は今後・・・どうするかは未定ですが受精卵の冷凍保存は継続しています。

 

 

コンサルタントの考察

 

1.これまでずっと患者様からお子さんの写真や動画を送っていただいています。
その中には幸せそうな様子や楽しそうな様子が詰まっています。
お子さんが生まれてから家の雰囲気が変わり、家族との絆が一層深まったように思います。

 

2.この患者様は卵子バンクを選びました。

選んだ理由として、初診から1回目の移植まで3か月もかかりませんでした。

卵子バンクとは、ドナーの卵子を採卵後、凍結保存しており、マッチング時間と治療時間を短縮することが可能です。

日本ですでに2年間の時間を費やし、妊娠することができませんでした。

初診から5か月で妊娠することができました。

 

3.コウノトリでの幸福のキーワード

 
 

融解した卵子

融解後の生存個数

正常

受精卵

胚盤胞

移植

結果

個数

18個

17個

15個

12個

1回目

5日:4BA+

6日目:5BC

妊娠に

至らず

2回目

5日目4BB+4BB

第一子出産

 


 
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