高い成功率
子宝を祈る あなたと私の物語
05 / 27 / 2021
人生という劇の中での新しい幕開けー顔嘉楽・狄志杰夫婦へのインタビュー

彼女は当時とても無力だったことを思い返し、心の中で問いました。

どのような出来事も努力があってこそ結果がついてくる。

一生懸命セリフを覚え、きちんと記憶していれば間違えることはない。

ですが、出産に関してはそうはいきません。

明らかに病気にかかっていなく、あらゆる方法を何度も試し、科学的療法や民間療法を試しても、なぜ妊娠できないのでしょうか?

ロマンチックなドラマは、男女どちらの主人公ともにお互いのことを知らずに始まります。

知り合って数回デートして徐々に良い印象を与え、いくつかの紆余曲折を経て、誤解や喧嘩、馴れ合いを通し、

最後には全ての困難を克服して結婚に至ります。

そして、みんなが羨むような可愛い子どもを産み、幸せな生活を送る...


これはテレビドラマの一般的なストーリーですが、実際の生活においてきっと誰もが期待する理想的な台本でしょう。

俳優の狄志杰さんと顔嘉楽さんにも同じことが言えます。

長い間演者として過ごし、人生というものは、脚本のように愛する人と結婚し、子供を産み、一緒に幸せに過ごすという思いがあり、それが彼らにとっての完璧な家庭像でした。


 舞台劇での出会い

二人とも演劇学校の出身で、初めての出会いは舞台劇でした。

舞台が大好きな志杰と嘉楽は、一方はコメディのリズムをマスターするのが得意で、もう一方は感情を細やかに表現することが得意、互いの演技スタイルに深く感銘を受けていました。

「初めの演技は全然違いましたが、彼女の中には自分が尊敬する表現があり、そこに大きく惹かれました。」

ですが、当時は互いに恋人がいて、良い友達という関係だった。と、志杰は言いました。

その数年後、テレビドラマで夫婦役として共演し、当時は二人とも恋人がいなかったため、ドラマが終わってからもその愛情は続きました。
 

交際時の二人の年齢は結婚適齢期であり、その関係は7年間続きました。

周りのが二人の結婚を後押ししていましたが、志杰は結婚後に嘉楽が妊娠に対するプレッシャーを感じてしまうのではないかと心配していました。

もともと二人とも子どもが欲しいという考えで、嘉楽は一度それを拒否しました。

自分は伝統的な考えだから、お互い認め合っているのだから先に結婚してから子どもを作ろう。と、言いました。

何度か話し合いをし、ついに2014年に入籍しました。

 

 ゆっくりと理想の家庭を築き上げていく

結婚してしばらくすれば自然に子どもができるはずだと思っていましたが、その通りにはいかず、

結婚2年目まで妊娠することはありませんでした。

「私たちは妊娠は当たり前のことだと思っていた。」と、嘉楽は素直に言いました。

彼らは自宅に「出産」を意味する金色のシャベル、妊娠を助けることができる貫通石、さらに赤ちゃんの写真も置きました。

西洋医学の医師の診察を受け、漢方薬を飲み、色んな治療法を試しました。

その後、人工受精や体外受精も試しましたが、良い結果には至りませんでした。

多くの人が、「焦らないで。自信を持って。楽しい気持ちで過ごして。」と、言いますが、失敗の数が増えるにつれて、挫折感がますます深くなります。

志杰は、目を真っ赤にしてトイレから出てくる嘉楽を見て、どうしたのかと尋ねると、生理が来て再び失敗したことを知り、この場面は彼の心の中でとても辛い思い出だったと言いました。

「私の子どもが欲しいという思いが強すぎるの。」と、彼女は当時とても無力だったことを思い返し、心の中で問いました。

どのような出来事も努力があってこそ結果がついてくる。一生懸命セリフを覚え、きちんと記憶していれば間違えることはない。

ですが、出産に関してはそうはいきません。

明らかに病気にかかっていなく、あらゆる方法を何度も試し、科学的療法や民間療法を試しても、なぜ妊娠できないのでしょうか?

 

妻がこんなに傷付いている姿を見て、志杰も胸が痛みましたが、彼は寄り添う以外に何もできなかったのです。

ある日、董至成と一緒に撮影している時に不妊治療に苦しんでいると話していると、コウノトリ生殖医療センターを紹介されました。

そこから、この旅が始まりました。
 

 問題に向き合い、支えあって困難を乗り越える

「初めてコウノトリ生殖医療センターを受診した時は、クリニックじゃなくて画廊やカフェに来たような感覚でした。」

以前に受診した他のクリニックや病院は、伝統的でマニュアル化されていて、医師や看護師は多くの不妊症患者の診療に慣れていて、常に無表情であると感じました。

でも、コウノトリ生殖医療センターのすべての医療スタッフはとても親切で、診察に来ていることを感じなかったので

プレッシャーもそれほど大きくなかった。と、嘉楽は言いました。

 

以前に診察に行った時は、医師の時間を邪魔してしまうのではないか、時間を使いすぎてしまわないかと気にして、
頭の中が真っ白になって何から質問して良いか分からず、早々に切り上げてしまうことがありました。

質問をしても、医師と看護師の態度が「高齢なのに、まだどうにかしたいの?」と言われているように感じました。

コウノトリ生殖医療センターでは、医師が積極的に分析をして、あらゆる解決法やコウノトリの資料についてとても詳しく提案してくれて、とても印象に残りました。

「今までのどの医師とも違って、コウノトリ生殖医療センターは私に衝撃を与えました。」

コウノトリの診察は決まった流れではなく、自分にとって最適な方法やメリット、予算と体状況に適した方法を医師と相談することができます。「とても自然に、安心して話すことができる。」嘉楽の年齢での成功率は20~30代と比べて大幅に低下すること。ただし、まだチャンスはあるから諦めないで。と、医師が正直に伝えてくれたと嘉楽は言いました。
 

通常は、採卵後すぐに卵子を培養して母体に移植して着床が成功するかどうかを確認します。医師は志杰と嘉楽の状態を考慮し、何度か採卵してから培養後にPGT-A/PGS検査を行い、移植に適する胚盤胞を確認することを提案しました。

この方法は、移植しても胚が着床せずに失敗して、また移植を繰り返すことでとても時間がかかり、自信もみるみる失っていく。ということを避けることができます。

この治療過程を繰り返した後、嘉楽は6個採卵でき、初めて着床に成功することができました。

この結果を聞いたとき、二人は喜びに満ちていていましたが、ある採血結果が少し異常だということが分かりました。

その後も再検査を行いましたが、結果、妊娠できませんでした。

「あの時、次も失敗するのなら、卵子提供を受けるか他の方法を考えなければならないかもしれない。ということを、すでに二人で話し合っていたの。」

この1回目の失敗を踏まえて、2回目の着床が成功してコウノトリに再診検査に行くときの気持ちは複雑で言葉にできないものだった。と、志杰は言いました。

しかし、赤ちゃんの心拍音が聞こえたとき、二人はとても興奮し、志杰は携帯電話を取り出して録音しました。

看護師からさらに嬉しい知らせがあり、心拍が二つ確認でき、双子だと言われました。

「一人の健康な赤ちゃんを授かることもとても難しいのに、双子ができるなんて!」

志杰はとても嬉しくてその場で飛び跳ねそうになり、希望を捨てなかったことに感謝しました。

「あの瞬間の出来事は本当に忘れられません。」と、嘉楽は笑顔で言いました。

 

「コウノトリ生殖医療センターのとても良いところは、何か気になることがあればすぐに問い合わせができること。」

嘉楽は、診察時間以外でも、質問があればコンサルタントにメッセージを送ることができたと言いました。

妊娠約2か月後、ある日の寝る前に突然出血して二人ともパニックになり、すぐに担当のエミリーに連絡しました。

エミリーはオンラインで対処方法を教えてくれ、黄体ホルモンを注射し安心しました。

「これは他院にはないサービスです。特に、深夜に問題が生じたときに診てもらえるところなんてありません。」

当時の状況を思い出すと、妊娠中は気を付けないといけないことが沢山あるので、すぐにサポートしてくれるコンサルタントがいれば、心配し過ぎる必要がありません。

 

多くの時間と労力がかかりましたが、幸いにも妊娠後の状態は良好で、つわりや浮腫などはありませんでした。

また、妊娠前の子宮収縮も気になるほどではなかったです。

「何の症状もないので、本当に妊娠しているの?と、自分に問いかけていました。」

嘉楽は、双子が生まれてくるのがとても楽しみだったため、少しの症状があっても特に気にならなかったのかもしれません。

子どもに会えるというよろこびは、身体的反応にも勝ります。

 

帝王切開の前夜、二人は医師と兄妹と姉弟のどちらがいいのかを話し合っていましたが、生まれてくる順番は自然に任せよう。と言い、
伊兄、伊姉(一兄、一姉)とあだ名をつけました。これは二人が家族の中で年長であることを意味します。

出産したとき、小さくてやわらかい赤ちゃんを抱いて手を震わせている志杰は、疲れきった嘉楽のそばに寄り添い、双子たちに「僕の子供になってくれてありがとう」と言いました。
この一言で長年の願いを叶えることができました。

 

 劇の完璧な結末に向けて

「私は人より遅く、46歳でやっと2人の子どもを授かりましたが、この時期に出産したことはとても良かったと思っています。」

嘉楽は治療・妊娠・出産を経て、仕事のためでなく、子どもたちとの時間を大切にするために、更に家庭を重視するようになりました。

「子供どもたちが少しでも声を発すると、すぐに抱っこしてあやしてしまうの。」

また、双子であるため、志杰と嘉楽は毎日睡眠不足で「今はゆっくり座ってきちんとご飯を食べる時間もない。」と言っていましたが、二人ともとろけそうなほど甘い笑顔でした。

 

この過程を振り返り、コウノトリ生殖医療センターの支えに感謝するとともに、互いにもとても感謝しています。

苦しんでいる妻の身体的負担とプレッシャーのために、志杰は毎日彼女に冗談を言って笑わせています。

嘉楽も、忙しくて疲れていてもこのような思いやりのある献身的な夫にとても感謝しています。

共に努力し、支えあってきた道のりは、今の全ての幸せをより大切にして過ごすことに繋がっています。

 

「台本を読んで今までの過程を振り返ってみると、とてもおもしろい。」

 

二人は困難に直面し、一緒に解決策を見つけ、その過程で傷つき何度も挫折を感じて、まるで修行のようでした

最後にはついに解決策が見つかり、幸運にも妊娠に至りました。

 

しかし志杰は、「できることはすべてやってきたので、失敗していても後悔はない。」と、はっきり言いました。

 

「今の私にとって、家はこの軒であり、私たちは軒の下で一緒に暮らしています。楽しい時は、子どもを抱いて踊り、歌を口ずさみます。子どもたちが楽しいと、私たちもとても楽しいのです。」

伴侶がいて、二人の可愛い子どもがいる。

これはドラマの完璧なハッピーエンドのようで、人生の新しい幕開けは始まったばかりです。

 

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