高い成功率
子宝を祈る あなたと私の物語
08 / 19 / 2016
生まれ変わる勇気を取り戻して、もう一度あなたを産みたい!
結婚をして子供を産むことは神様がくれた縁のようなものであり、何回も挑戦をして努力をして、それでもダメなら諦めるしかないと思う方も多いでしょう。
しかし私たち夫婦はどうしても子供が欲しくて、まるで神様に挑戦するかのような12年に及ぶ戦いを始めました。

恋愛から結婚までとても順調だった私たちは、きっと子供も簡単に授かれるだろうと思っていました。
しかし、実際は好事魔多し、子供を授かるまでは紆余曲折でした。
まるで険しい道を歩き、山から山を越えてそれでもまだ出口が見つからず、深い溝に落ちてしまうような、心身ともに傷だらけの状態になってしまいました。

私は24歳の若さで当時30歳だった夫と結婚し、幸せな生活を送っていました。
私たちは計画を立てて、ある程度お金を貯めてから子作りを始めました。
子供を2人生んで、4人家族の幸せな家庭を築きたいと思っていましたが、夢見ていた幸せは、いつの間にか遠い所へ行ってしまいました。
当時まだ28歳だった私は、子供を産み育てることに憧れを抱いていましたし、自分に自信もありました。
しかし半年たってもその兆候が現れず、一人あれこれと思い悩んでいました。
高校の時に交通事故で骨盤を傷めたせいで妊娠しにくくなっているのだろうか?
生殖医療科の医師に診てもらうことにしましたが、実はこの時から底なし沼にはまり始めていたとは思いもよりませんでした。

最初は基本的な排卵誘発剤から始め、その後3回の人工授精を試みましたが、どれも失敗に終わりました。
それに続いてやって来たのが、毎月の生理での激痛。
その痛みに9か月間苦しめられ、正常な生活にも影響が出始めたため、耐えられず病院を受診しました。

その結果、医師から子宮内膜症であることを告げられ、手術でチョコレート嚢胞を摘出するよう勧められました。
当時は2003年で、まだインターネットでも不妊症の情報があまり出ていませんでした。
私自身も無知だったため、インターネット上で「子宮内膜症の手術をして半年以内に人工授精をすれば成功率も大幅にアップする!」といった情報を真に受け、迷うことなく低侵襲手術でチョコレート嚢胞を摘出しました。

手術後、私は海外の有名な生殖医療の医師を探し、積極的に人工授精の治療を受けました。
5回もの治療を行いましたが、結局は高い治療費が全て無駄となり、私たち夫婦は大変失望しました。
その時私はすでに31歳になっていましたが、私たちは子供を授かる夢を諦めず、体外受精を試みることにしました。

海外の病院で治療を行うことを決め、初めて担当の教授に会いに行った時のことを今でも鮮明に覚えています。
教授はまるで裁判官のようにこう言いました。
「あなたの卵巣はすでに老化していて、卵子も多くない。卵巣機能が急激に低下しているのかもしれない。」
この時教授の言っていることがよく分かりませんでしたが、私たちにとって良くないことであることは分かりました。

突然大粒の涙が溢れてきました。しかしその時の私は、卵巣の老化はただ排卵が不足するだけだと思っていました。
後で送子鳥(コウノトリ)生殖医療センターのホームページで説明を見て分かったのですが、卵巣の老化の現象のうち、卵子の質に問題があり、胚盤胞が発育しなくなってしまうこともあるのだそうです。
これが、私が長年妊娠できなかった元凶だったのです。
どれだけ努力しても連敗につぐ連敗。
どれだけお金をつぎ込んで汗と涙を流しても、胚盤胞が着床しなくては何にもなりません。
卵巣の手術をしたことによる卵巣機能の低下もあり、ここまで私の身体が変化してしまったのです。
1回目の体外受精は、私にしては良い結果でした。
排卵誘発剤を使い、6個の卵子を採取しました(正常な状態の女性であれば、10数個から20個の卵子が採取できます)。
しかしとても残念なことに、受精卵はその内1つしかできず、2日目の移植は失敗してしまいました。
この時は私たち夫婦はまだ若かったため、体外受精は人工授精よりも高い確率で成功すると思い、大きな期待を抱いていたのです。
長い時間をかけて治療に臨んだ私たちは立ち直るのがやっとでした。
2回目は7個の卵子を採取し、受精卵は3個できました。
これは今までで一番良い結果でした。
2日培養して2個を移植、1個を凍結保存しました。
結果はやはりだめでした。
また気を取り直して挑戦です。

3回目は2個の卵子を採取し、同じく2日培養して移植しました。

4回目は3個採取し、2個の受精卵を2日培養して移植しました。
何回も失敗を繰り返したため、健康な卵子がだんだん少なくなっていきました。
私たち夫婦の暗く重苦しい気持ちは、同じ経験をした人でなければ分からないでしょう。
長い時間をかけてトライした後、また気持ちを整理して、公立の病院から私立病院へ移って試してみましたが、やはり成功しませんでした。

不妊症の夫婦にとって、国外で治療を受けるのはとても辛いことだというのを皆さんはご存知ないかもしれません。
莫大な費用をかけ、毎回宝くじを買っているようなものです。
全ては医師が主導権を握り、医師から言われた方法に従うしかありません。
私たちの意見や選択が通らず、全て思い通りにならないと感じていました。
最初の4回の体外受精の後、こちらから顕微授精を要求しても拒否されました。
またとても酷かったのが、受精卵を移植後、血液検査で病院側が投与したプロゲステロンの量が足りなかったことが分かりました。
このせいで受精卵が着床するチャンスを失ったのかもしれません。

その後私たちは気持ちを落ち着かせてから、民間の生殖医療センターに変えることにしました。
また挑戦の始まりです。
医師は数か月間観察期間を設け、その中で卵子の数が多い月があったら排卵誘発を行うことにしました。
その時に投与した誘発剤は今までで一番多く、私の身体も耐えられないぐらいでした。
誘発剤の量が多すぎると、血圧が急に上がり、情緒も極度に落ち込むという影響が出るからです。

最終的に5個の卵子 を採取し、4個の受精卵ができました。
2日培養して4個を移植しました。
今回は別の病院へ移ったこともあり、また期待も膨らみました。
結果を待っている間は、もうすぐママになれるのだと思い、天国にも上る気持ちでしたが、結局また失敗に終わってしまったのです。
まるで地獄に突き落とされたような感じで、私たちにはあと何が残されているのか、未来が全く見えませんでした。

もしこれで諦めても、夫婦2人で同じように幸せに過ごせるのではないか、という思いもよぎりました。
ただ、今諦めれば、これからの人生の中できっと今までの失敗がいつまでも影を落とし続けるだろうとも思いました。
子供を持って幸せに包まれた友達に会えば、きっと自分も彼女たちの様になりたいと思うでしょう。
そして何より私はまだ35歳という若さ。
もしここで諦めたらきっと後悔すると思いました。

不妊症と戦い続けてもう何年も経ちましたが、毎回失敗に終わるたびに、私の主人は一体何が原因なのか?
と私に問いかけます。
私たちは全てを犠牲にしているのに、最後はいつも同じ場所から動けないでいます。
同じ不妊症に悩む友達は1、2回流産しても、最後はちゃんと出産できているのです。
私たちはもう全てをやり尽したのに、着床も流産も経験したことがないのです!

現在体外受精はすでに技術的にも確立されています。
体細胞クローンの羊、ドリーも誕生しました。
私たちは自分たちの精子、卵子を使っているにもかかわらず、なぜ1回、また1回と失敗してしまうのか?
とても複雑で辛い気持ちでした。また同情心の無い家庭医療の医師には、強迫神経症だとまで誤解されました。

香港でのこうした長い月日は本当に大変なものでした。
不育症専門の医師は多いとは言えませんが、おそらく半分の医師には診てもらったと思います。
しかしなぜ着床できないのか、その原因を解明できる医師はいませんでした。
みんな私の治療の履歴を見て、運に任せてみなさいだとか、もう諦めたほうがいいなどと言うだけでした。

私はその後、以前学校で生物を教えていた方と知り合いました。
その方とご主人もちょうど不育症の治療を受けていて、私に血液検査のレポートの見方や、ホルモン指数がどのように身体に反映するのかなどを教えてくれました。
私ももっと知識を得たいと思い、インターネットで外国の不妊症に関する情報を探すようになりました。
神様もきっと私を哀れに思ったのでしょう。
私はやっと希望の光を見つけたのです。
それがコウノトリ生殖医療センターのホームページでした。
内容がとても豊富で、私と同じような問題を持つ人たちの成功事例もたくさんありました。

また、なぜずっと長い間妊娠できなかったのか、この問題についても解説が書かれていました。
この解説で、私の問題は卵巣が早期に老化してしまい、質の良い卵子を作れなくなったことが原因だと分かりました。
受精卵の質が悪ければ発育は難しく、最後は自然に流失してしまいます。
ホームページでは、台湾で卵子提供を受けることが可能であるとも説明されていました。
私たちはやっとここまでたどり着いたという思いでした。
主人のためにも跡継ぎを残すことができれば、人生でもう何も心残りはありません。

実際、方向はすでに明確でした。
しかし知るは易し、行うは難し。
コウノトリのホームページを2年近く見ていましたが、やはりもう一度海外で最後に1回体外受精をしたいと思い、トライしました。
治療では1個の受精卵を2日目に移植。結果はやはり失敗でした。
悲痛極まりない私は、まだ海外で挑戦し続けるのか?と自分に問いかけました。
今までに費やした治療費はおよそ家が一軒買えるほどの額です。
それを全て失ったあげく、得られたのは心身の堪えがたい苦痛のみで、ともすれば心療内科にかかるほどでした。

私たちは失敗するたびに反省をし、その結果当然のように、新しい医師を探しました。
しかし彼らは全く同じ方法しか選びませんでした。
どの医師も、排卵誘発剤を投与して排卵させ、2日目に移植するというやり方です。
他の選択肢はなく、違うことと言えば誘発剤の投与量を多めにするか少なめにするかということだけでした。
それ以外の治療方法に変えてくれる医師は1人もなく、毎回失敗した原因も分からないままでした。
私はもうこれ以上耐えられないと思い、この方法を続けることを断念しました。
最後の選択が台湾のコウノトリ生殖医療センターでした。
ホームページを2年間じっくり見て、文字の上では卵巣の老化の状況についてよく理解をしていました。
○○先生のお名前もよく目にしていて、ぜひ一度お会いしてお話を伺いたいと思っていました。
初めて○○先生にお会いした時、私は卵子提供を受けるために台湾へ来たと率直に言いました。

自分たちの状況はよく分かっていたので、全てはもう遅すぎていくら名医でもどうにもできないのではと心配もしていました。
○○先生はまず詳細な検査をしてくれました。
その結果、私の卵巣予備能AMHが1.04しかないことが分かりました。
卵巣の卵子がもうすぐなくなるという状態だったのです。
また卵巣の機能も良くないということが分かりました。

ただし子宮内の環境は問題はなく、私たちは検討した後、卵子提供のマッチングを待つのと同時に、○○先生の計らいで、自分の卵子でもう一度試してみることにしました。
先生はすぐに私の状況に合わせた治療内容を計画してくれました。
排卵誘発剤を投与する部分以外は、今までの医師の方法とは大きく異なっていました。
治療中は段階ごとに血液検査をし、体内のホルモンの状態を見て、ホルモンバランスを保てるよう薬を処方してくれました。
卵子の発育に最適な環境を作り、また誘発剤もできるだけ少量に抑えることで、今までにない効果が期待できました。

また先生は採卵と卵子保存をできるだけ多く行いました。
私の卵巣は老化が進んでいたため、毎回の採卵で2個から3個しか採取できません。
そのため短期間で集中的に採卵を行いました。
また先生の勧めで、6個の質の良い卵子を培養し、5日目に胚盤胞を移植することにしました。
この方がより成功する確率が高いということです。

実際、今までの医師は卵子を2日間培養しただけで移植していました。
誰一人として5日間培養をしてくれた医師はいませんでした。
私の卵子がとても小さいため、試験管内で全部だめになってしまい、移植できなくなってしまうのです。
でも実際のところ、質の良くない受精卵を移植したところで、結局は体内でもだめになってしまうのです。
今まで1回も着床に成功できなかったことは本当に嘆かわしいです。

先生は自信に満ちた表情で、採取した卵子は全て5日目まで培養して胚盤胞にすると言ってくださいました(権威ある不育症関連の雑誌では、5日目の胚盤胞まで発育できる卵子は質が良く、胎児まで発育できる確率が高いとのことでした。また質の悪い卵子であれば、2日目から4日目で自然に死滅してしまいます)。

こうして私たちは積極的に治療に取り組みました。
台湾との間を往復して、二年間という短い時間で8個の胚盤胞を保存し、4回に分けて移植しました。
1回は新鮮胚移植、他3回は凍結胚移植でした。

その結果、なんと2回も着床に成功したのです!
この時人生で初めて妊娠検査薬の2本のマーカーを目にしました。
主人と私はあまりの感動に涙しました。

ところが妊娠8週目にして胎児の心拍が確認できず、胎児の発育も順調ではなかったため繋留流産となってしまいました。
それでも私と主人はコウノトリ生殖医療センターの皆さんにとても感謝しました。
このセンターで私の人生で初めて受精卵ができ、妊娠することもできたのです。
これで私の子宮の機能に問題がないということも分かりました。
繋留流産と分かった時はとても悲しかったですが、今まで暗かった道が開けたように、将来必ず私たちの子供を授かることができる、努力すればきっと願いは叶うと強く思いました。

半年が過ぎ、私たちは2回目の妊娠に成功しました。
そして6週目に心拍が確認され、私は興奮を抑えられませんでした。
その後何週間かして胎児の体の形が確認でき、先生も元気のいい赤ちゃんだとおっしゃいました。
お腹の中で楽しそうに動いている様子を見て、私たちはとても喜びました。

それからまた数週間たち、残念なことにまた悪い知らせがやって来ました。
病院での定期検診で、赤ちゃんに頸部浮腫が見られ、全身にむくみが出ていると言われました。ダウン症の可能性が高いとのことで、すぐに絨毛採取の検査を行いました。
複数の産婦人科の先生に聞いたところ、母親の年齢が高いため、卵子の遺伝子に変異が起こったためだとのことでした。

そしてもう一度台湾へ向かい、○○先生に確認をしていただきました。3か月半お腹で育てた赤ちゃんでしたが、最後は断腸の思いで流産を決めました。
人生で最も辛い経験をした後、私たちは最後に別の方法を選択しました。
卵子提供です。

私たちにとって、最も重要なのは健康な赤ちゃんを生むことでした。
コウノトリ生殖医療センターの担当者さんが同じ血液型で体格も私と似たようなドナーをマッチングしてくれました。
若くて善意ある彼女はとても勇敢に採卵の手術を受け、私たちに大変素晴らしい4個の卵子を授けてくれました。
そして4個の胚盤胞を培養し、半年後に私の体調を整えた後、最適なタイミングで移植を行いました。

波乱万丈の12年、ついに望みが叶い、双子の女の子を妊娠しました。
神様、そしてコウノトリ生殖医療センターの方々にどれほど感謝すればよいか分かりません。
赤ちゃんたちはとても順調に成長し、最後は無事出産することができました。
今は6ヵ月になり、たくさんの人から可愛がられています。
泣き声さえもとても愛おしく、私たち夫婦はもちろん、家族や友人も片時も離れたくないぐらいの可愛がりです。
これからの日々、一家四人で夢のような幸せな生活を送っていくことができるのです!

コウノトリ生殖医療センターでの2年間の治療はとても順調でした。
私の卵巣の老化が進んでいたので身体が言うことを聞かず、十分な卵子を採取することができませんでしたし、身体もいろいろな状況があってセンターの計画に合わせられないこともありました。
それに長年不妊にさいなまれ、心身共に疲れ果てていた私に、ずっとカウンセリングをしてくれました。
また○○先生は私のことを本当によく考えて下さり、治療が失敗する度に私のカルテを見直し、絶えず原因究明とその解決に奔走して下さいました。
またAngelさんは私の守護天使のように、最初から最後まで私のためにいろいろと調整をしてくれました。

また心理カウンセリングもしてくれて、絶えず有益な情報を教えてくれました。
成功した時は私よりも喜んでくれ、失敗した時は私と一緒に涙してくれました。
他のスタッフの方々もみんな私を応援してくれました。
最高のスタッフ、そして最高の技術が私たちを救ってくれました。

みなさんはいつも私にこう言ってくれました。
「本当にお疲れさま。私たちもあなたがすぐママになれるように頑張るからね。」私は今、彼らの願いに背くことなく、ついに一番幸せなママになりました。

正に私が今まで羨望の眼差しで見ていたママになることができたのです。
どんなに失敗しても諦めなければ、成功した時の感動ははかり知れません。
最後に、コウノトリ生殖医療センターのみなさん、中でも先生、Angelさん、そして卵子を提供してくれた心優しいドナーの方、みなさんに心の底から感謝いたします。

みなさんのおかげで、ついにママになることができました!

Angelからのコメント:
1. 以前読んだ本の中に、こんな文章がありました。
『恋い焦がれているのに会えない。
それは、お腹の中の赤ちゃんが健康に育つのを見届けられなかったこと。
溢れ出る愛をあげることができない。
それは、赤ちゃんに会いたくて待ちきれないこと。』
この文章は正にこの話のご夫婦の心情を物語っています。
奥様が肩を落として診察室の椅子に座り、医師から胎児に問題があると聞かされた時の、あの涙を堪えた姿は今でも私の脳裏に焼き付いています。
でも今では、奥様が頻繁にご家族4人の幸せそうな写真を送ってくださいます。
辛い思い出は心の奥にしまって、今は可愛く純真なお子さんとの生活を楽しんでください!

2. 「コウノトリ生殖医療センターは遠くて・・・。○○に分院を作らないのですか?」というお声を耳にしますが、私はいつもこの話のご夫婦を例にして、「希望があれば距離は関係ありませんよ。」と言っています。
奥様は台湾との間を10数回も行き来していたのに、1回でも不満を言われたことはありませんでした。
いつも感謝の言葉を下さる奥様に対して、私たちが全力で協力するのは当然のことです。
神様は正しい事をしている人に必ず救いの手を差し伸べて下さいます。

3. この話の奥様は、人生で最も辛い悲しみを経験しましたが、最後に夢が実現した至福の喜びを味わうことができました。
興味のある方はぜひ最後までお読み下さい。
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