高い成功率
子宝を祈る あなたと私の物語
11 / 01 / 2020
無精子症と戦う  子どもと出会うために海を越えて

僕はこの人生で子どもをもうけることはできない!と、彼は言いました。

そんなわけがない!私が追って聞いてみると、彼は学生時代に受けた大手術の後遺症により現在の無精子症に至ったことが分かり、
正確には子どもができる確率はほぼゼロ!台湾の医療情報を得てから、海を渡って子どもと出会うために長期戦に挑むことを決意しました。

 

あぁ、自分がこのような問題に直面していなければ、人生で子どもをもうけることがこんなにも困難なことであるとは思いもしなかったでしょう。
夫と出会って結婚してから10年が経ち、生活のために一生懸命事業に打ち込んできました。それはとても美しき日々でした。

 

2015年のある日、夫と団欒しているときに、子どもが欲しい。子どもがいたら家庭がもっとに賑やかになるね。と、言いました。
私は話しながら子どもが生まれ後の生活や人生の楽しさを頭の中で思い描いていましたが、夫の一言で急に夢から目覚めました。
彼は、「僕はこの人生で子どもをもうけることはできない!」と言いました。
子どもができない?そんなわけがない!
追って聞いてみると、彼は学生時代に受けた大手術の後遺症により現在の無精子症に至ったことが分かり、正確には子どもができる確率はほぼゼロ!
私はこんなこと信じたくないし、受け入れられない。
現代の医療はとても発達しているから、自然妊娠ができないなら体外受精をやってみよう。

そこから私たちの子どもを求める旅が始まりました。

 

私たちは甘く見ていました。
2015年から2017年の2年間で何度も病院へ行き、多くの費用がかかりました。
しかし医師はただ一言「試してみても良いけど、3~5か月、いや3~5年かかるかもしれない。」と。

最後に深圳のとある病院の医師に「諦めたくなければ、北京の病院に行ってみなさい。
あそこならあななたちのためになるでしょう。もうお金を無駄にしないでください。」と言われ、私は衝撃を受けました。
なぜなら北京の病院は人気のため、予約を取るのに3~5年かかるかもしれないのです。

 

子どもを求めるためのこの二年間、お金だけでなくエネルギーも使い、疲れて果ててしまいました。
不本意で残念だけど、これは運命なのかもしれない。頑張っても変わらないから受け入れるしかない!
この事実を受け入れる準備ができたとき、夫の姉が台湾から帰国しました。
団欒中に義姉がこの話題に触れ、まだ機会があるから諦めないようにと一生懸命説得されました。
台湾の医療はとても良いから、台湾に行ってもう一度試してみるといいよ。頑張ってきたんだから、駄目だったらしょうがない。

諦めていたのが、もう一度挑戦する気持ちに引き戻されました。

 

義姉は台湾の友人に不妊治療の病院を探してもらうよう頼みました。

“ドアを閉めると、神様があなたのために窓を開けてくれる”ということわざがあるように、台湾の友人からコウノトリ生殖医療センターのO医師を見つけたという嬉しい知らせがやってきました。
その友人の手配により、義姉付き添いのもと夫とともにコウノトリ生殖医療センターに着きました。
緊張していた夫が、カフェのようなクリニックを見てリラックスしていました。
O医師は夫の状況を把握した上で、機会があればもう一度試してみませんか?と、夫に聞きました。
話をしているうちに、O医師の励ましと成功例が再び夫に自信を与え、O医師を信じて半年にわたる無精子症治療を開始しました。
戦いに勝つため、一生懸命頑張ることを決心しました。

 

ようやく7か月が経過し、2017年8月に移植の時期が来ました。
胚のマッチングが失敗しないか心配で、辛い思いで報告を待っていました。
1週間が経ち、マッチングが成功したので移植のスケジュールを決めましょうとの嬉しい連絡が来ました。
やっと健康な赤ちゃんが移植され、O医師からの励ましと、私達に2人の子どもができると聞き、心がとても満たされました。
しかし、誰もが成功したと思い期待していたとき、私の免疫とプロラクチンの数値に問題があることが分かり、再び失望しました。
失敗の感情が表情に現れたときもO医師は微笑んで私たちを励ましてくれました。
そうだ、1年半もやってきたのにここで諦めてはいけない。
1か月後にまた移植が始まる。次回は前回と比べてそんなに緊張も期待もしなくなるから、自然にいこう!幸せがやってくるのが早いと、幸せが去っていくのも早い。気持ちを落ち着かせていこう。
妊娠数値が2千と高く、妊娠検査薬の赤い二本線が確認できましたが、嬉しさの中に信じられない気持ちもありました。
良いことはいつも紆余曲折します。
病院に検査しに行った時、胎児の心拍が確認できなかったのです。
このとき、自分自身どのような感情かわからず、これらを
しなければよかったのかもしれない!夢を見る気持ちも無くなりました。

 

半年が経過しましたが、また移植が失敗するのではないかという恐怖心があり、前に進めない状態でした。
半年の間も、O医師は引き続き気にかけ、励ましてくれ、2018年4月、再び勇気を出してコウノトリ生殖医療センターで移植を行いました。
前回2回と同様、今回も成功を祈りました。

 

15日が経過し、以前と同じように妊娠検査薬の赤い二本線を見ても失望するのが怖くてうまく喜べずにいました。
心拍確認の日になり、超音波検査で赤ちゃんの心拍が聞こえ、医師が健康な赤ちゃんですよ。産科検診に行ってくださいね。と言ってくれた時に初めて笑顔が溢れました。

最後に、私たちを支えてくれた方々や寄り添ってくれた家族に感謝します。
その過程を共にしてくれたO医師とコウノトリのスタッフのおかげで、海を越えて子どもを求める闘いに打ち勝つことができました。

 

コメント:Donna

 

・エマーソンはかつて、「浅はかな人は運を信じ、流れを信じる。強い人間は因果関係を信じる。」と、言いました。

*エマーソン...Ralph Emerson アメリカの思想家、哲学者、作家、詩人

 結果には原因があるが、努力により収穫が生まれます。このご夫妻は子どもを求める過程で様々な挑戦を経てこられました。
 ご主人が学生時代に脳腫瘍手術を受けたことで脳下垂体の機能が失われ、無精子症になったのです。
 当院で半年を超える投薬治療と副睾丸取精術、そして奥様は採卵術、ご夫妻合わせて一年余りの期間、海を越えて台湾にて不妊治療を行い、最終的に幾つかの胚盤胞ができました。


・子どもを抱く夢はそれほど遠くはないと思っていましたが、運命は人を弄びます。
 奥様の免疫異常により初回移植時のHCG値は1.2未満でありましたが、2回目の移植時には二千以上、しかしその2週間後の再診時には赤ちゃんの心拍は確認できませんでした。
 3回目の移植時には完全に免疫治療が済んでおり、やっと赤ちゃんが着床することに成功、力強い心臓の音を聞かせてくれたのです。

 

・医療技術の進歩に伴って、もしもあの時にERAに合わせて胚盤胞移植が行われていれば、医師はさらに彼女にとって最適な時期に移植できたかもしれません。


・当院の企業理念である「見直し」と「変化」により、最後に黄体浸潤の時間を132時間に変更したことでご夫妻に可愛くて健康な女の子をもたらすことができたのです。


・以下がコウノトリ生殖医療センターでの患者様の幸せな妊娠の経過です

 

成熟卵子

胚盤胞数

1回目の移植

2回目の移植

3回目の移植

22

12

1#

5BB

2#

5BB+5BC

2#

5BC+5BC

黄体ホルモン薬の調整

結果

 

Fail

Fail

健康な女の子

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